Jカーブを目的とした赤字上場はどこまで許されるのか?

先日、友人たちと2021年度の日本株式市場に上場したスタートアップの傾向をもとに、ファイナンス、ひいては日本株式市場の今後のトレンドについて議論になった。今回はその際に論点になった「赤字上場はどこまで許されるか?」について各種記事を引用しながらまとめる。

Jカーブ効果

赤字上場とはいわゆる「Jカーブ効果」を期待したものである。エクイティファイナンスにおいて投資開始当初は利益の計上が行われず、コスト負担の影響で利益・キャッシュフローがマイナス(赤字)になるが、その後の時間経過に伴い利益がプラスに転じる(黒字)ことを指す。縦軸を利益、横軸を時間としたとき、「J」型の曲線を描くように利益が増加していくことから「Jカーブ」と言われる所以だ。

要は、最初に莫大な投資をして赤字になっても一気に市場を取れれば、のちに黒字に転じて市場で勝てるという論理である。

では「Jカーブを描いて大丈夫なケース」とは具体的にどのような場合なのだろうか?

米国におけるSaaS型ビジネスの赤字投資基準

SaaS(Software as a Service)はソフトウェアを利用者側に導入するのではなく、提供者側で稼働しているソフトウェアをネットワークを通して、利用者がサービスとして利用する状況を指す。

例えば、以前Microsoftは文章作成ソフト「Word」をパソコンにダウンロードして使ってもらう買い切り型サービスとして提供していたが、Googleでは文章作成ソフト「Document」をオンラインサービスとして提供しており、後者がSaaSに該当する。

SaaSの場合は創業当初に市場を一気に撮るためにマーケティング費用を先行投資していき、売上高を伸ばしながら、長い期間をかけて回収していく。

米国のVC(ベンチャーキャピタル)がよく使用してる基準は40%ルールと呼ばれるもので、これは売上高の成長率と営業利益率の合計が40%以上であれば良いという指標である。

ユニットエコノミクスの成立

1顧客の将来にわたる売上総額が顧客獲得等費用を上回ることを「ユニットエコノミクス」が成立しているという。この考えはサブスクリプション型のビジネスにおいて使われることが多く、論理的には、ユニットエコノミクスが成立している限り投資を続けた方が、一時的な赤字は増えるとしても、将来の利益総額は上昇する。

ユニットエコノミクスはLTV(Life Time Value 顧客生涯価値)とCAC(Customer Acquisition Cost 顧客獲得コスト)の2つの指標で、ユニットエコノミクスは「LTV ÷ CAC」という計算式で求められる。LTVとCACは以下の計算式で求めることができる。

LTV = 顧客の平均単価 ÷ チャーンレート(解約率)

CAC =顧客獲得コストの総額(営業費用、広告宣伝費など) ÷ 新規顧客獲得数

ユニットエコノミクスと合わせて、売上高から変動費を引いた限界利益も重要な指標である。例えば、固定費が低く、変動費が高いビジネスは、一見するとユニットエコノミクスが高いため早期に収益を挙げられる反面、販売数量が増加すると変動費も増加するため、利益が上がりにくいビジネスになる。逆に、初期投資が大きく、固定費が高いビジネスであっても変動費が低ければ、一定以上の売上になった際に大きな利益を上げやすくなる。

限界利益率の適正はどれくらいか?

ここでもう少し限界利益について掘り下げてみる。まず変動費だが、変動費は「売上が立ったら必ず発生してしまう費用」のことである。この変動費は各ビジネスの実態に合わせて正しく考える必要がある。例えば「売上原価=変動費」と杓子定規に当てはめがちだが、売上原価に労務費や経費が含まれる場合、これらは売上が立つ立たないに関わらず毎月計上される費用なので、売上原価の中に固定費が含まれていることになる。

また、広告宣伝費は変動費ではなく基本は固定費である。なぜなら、売上が立つときにかかった費用、すなわちCACは変動する可能性があるからだ。売上を1上げるのにあげるのに広告宣伝費が10,000円かかる月もあれば、0円で済む月もあり、これでは「売上が立ったら必ず発生する費用」とは言えない。

さて本題だ。限界利益率とは売上高に対する限界利益の割合である。例えば売上高に占める変動費の割合が高いと、限界利益率は小さくなる。問題はこの原価利益率はどれくらいの水準にあれば良いと言えるのかということだ。私の知り合いのCFO曰く「25%は低い。基本的に30%を切ると危ないと思った方がいい。40%ないと死の谷に向かっている可能性が高い。そういう場合は売上を上げるな。限界利益率をまずは高めなさい。」という言葉をいただいた。

ということで、まずは1売上あげるために変動費がいくらかかっているかを知ることがとても重要になる。

例えば限界利益率が20%の場合、変動費である原価を1%下げると限界利益が4%上がることになり、原価を下げる努力をしたほうがインパクトは大きくなる。

限界利益率が低い状態では、いくら売上を増やしたところで利益はそれほど上がらず、最悪の場合、限界利益で固定費が占める割合が多いと、固定費が足を引っ張って赤字になる危険がある。

限界利益と営業利益で事業存続を判断する

限界利益と営業利益を見ると、以下のように大まかに事業存続の判断をすることができる。

  • 限界利益が赤字
    • 事業撤退
  • 限界利益が黒字で、営業利益が赤字
    • 事業を存続できる可能性がある。
  • 限界利益も営業利益も黒字
    • 事業は存続できるが、利益を圧迫しているコストを調べることは必要。

傾向を判断した後は、「広告宣伝費を止めて黒字になるか?」、「赤字の原因は人件費?」のように各項目を詳しく分析していく。

リクルートとGoogleが参入してくるという妄想

限界利益に関する話のおまけである。Jカーブに関してよくあるのが、「営業利益が赤字でも良いから広告宣伝費などの初期投資を突っ込まないと、後からやってくる大手に負けてしまう」という論理だが、実際のところは「ほとんど妄想であることが多い」らしい。というのも、もし本当に狙っている市場に将来性があり、圧倒的に稼げるのであれば、リクルートやGoogleはとっくに参入している。

もしまだその2社が参入していないとしたら、それは短期的に稼げる市場ではないので、赤字を許容してまで焦って莫大な初期投資をする必要性はないのである。

長期的な視野に立つべき市場にも関わらず、妄想に駆られ、事業の利益性を損ないながら売上を拡大していくと、将来的な資金調達面でもマイナスに働く。売上を上げても営業利益は悪化したままなので、デットファイナンスがしづらくなり、結局エクイティファイナンスに頼らざるを得なくなってしまい、IPOを必要以上に急がなくてはいけなくなってしまう要因にもなる。

まとめ